運転免許証を英訳する

私がアメリカに越してきて、12年が経とうとしています。こちらに来た当時は永住することになるとは夢にも思っていませんでしたが、今ではアメリカ人と結婚をし、子供にも恵まれました。日本の家族は年に一度か二度、私たちの住むカリフォルニアを訪ねてくれます。子供が出来てからは一ヶ月ほど長めの滞在をすることも多くなりました。

2017年の暮れ、久しぶりに日本へ帰国していた私は、母と次のカリフォルニア旅行について話していました。母が

「国際免許を取ろうかと思うんだけど。」

と言った時は「へぇ。」と思ったくらいでした。確かに車社会のアメリカに一ヶ月滞在する間、車を運転できないのはとても不便です。数日後に再び国際免許の話になった時には母が、

「国際免許は有効期限が短いけれど、免許を英訳すれば免許の有効期限まで使えるらしいの。」

と言っていたので、運転免許の英訳サービスについてインターネットで調べてみました。この時点では私が翻訳することは考えていませんでした。インターネットでみつけた会社が提示しているサンプルや金額をいくつか見て、翻訳の質の低さとその高額さに驚いてしましました。中には海外で運転する時は運転免許の翻訳を持っていくことが義務付けられていると誤解を招くよう故意に書かれているという印象を受けるサイトもありました。
もちろん、いい翻訳会社もたくさん存在すると思います。しかし、それをインターネットで見つけるよりも自分で翻訳した方が簡単だと思い、私は

「私が訳すよ。」と母に申し出ました。

2018年の春、家族は再び私たちを訪ねてくれました。母は娘の幼稚園の送迎も車で行い、運転中警察官にとめられることもなく、無事に日本へ帰って行きました。

母の免許の翻訳はもう終わってしまいましたが、私たち家族のこの経験と母のために作った運転免許翻訳のテンプレートが誰か他の方の役にもたてばいいなと思い、運転免許翻訳の自助サイトを立ち上げました。

 

運転免許の英訳サイト

https://menkyoeiyaku.wordpress.com/

 

 

統計に振り回されない人生

あなたの人生はユニークなものだから。

 

例えば、いい大学を出たら大手の安定した会社に就職できる(確率が上がる)。

結婚相手が三男だったら夫の両親の老後の面倒を見なくていい(確率が上がる)。

高給取りにな(れる確率が上がる)りたいから医者になる。

こういうのって全部統計の話ですよね。

 

でも現実には、努力して難関大学を出ても就職にあぶれたり、医者が薄給だったり、両親を介護する三男だっているわけで、人生何が起こるか分からない。

だから、統計に望みをつないで、人生転ばないようにあなたの人生の時間を浪費しないほうがいい。そんなことを思う。

 

 

 

希望の職につけなければ自己実現ができないと挫折しているあなたへ

という題名。これはつまり私自身へ。もしかすると、ちょっと前の私かな。

 

私、35歳、の世代にとって「自分のやりたいことを仕事にする」というのは耳にタコができるほど聞かされた考え方だ。今でも日本では割と一般的な理想論なのかもしれない。

 

でもそれって、すごく資本主義的な考え方だよね。だって言い方を変えれば、「あなたの好きなことと経済活動が直結するように」ということだもん。こんな考え方を、子供たち、若い人たちに理想像として教えてマインドコントロールしてるんだもん。学校の先生って政府の職員。そして政府無くして日本の資本主義ってなりえないもんね。

 

私の場合は親の影響も大きかった。

団塊の世代よりちょっと若い私の母は高度成長期に生まれ育った。私の親、祖父母の世代は日本全体が物質的な豊かさを追い求めた時代。そういう時代に生きた人たちの言うことを聞いて育ってきた私は、世代によって求めるものが移り変わることに気づくのに、こんなに時間がかかってしまったよ。

 

もし私が今、10代くらいの若い人たちに話ができるならこう伝えたい。

「今を生きろ」と。

自分がやりたいこと、好きなことを探したり、進学先や就職先に悩むなんて、あなたの貴重な時間がもったいないではありませんか。あなたの時間とはすなわちあなたの人生なのです。

見出しと内容の不一致が気になる

小学生の頃、授業で新聞記事を書いた。担任の先生は、「題名は一行で内容がわかるように書きなさい」と言い、私は記事の見出しを書くのに一番苦労したのを30年近く経った今でも覚えている。それからは、新聞を読む時見出しをみてはプロの新聞記者ってさすがだなーと思ったりしたものだ。

で、最近インターネットの見出しをクリックすると、読んでも読んでも見出しに出てくる内容にたどり着かない。たどり着かないのではなくて見出しと内容が一致していないのだ。

例えば「脳の疲れを取る方法」みたいな記事があったとして私は方法を知りたくてクッリクするのに「脳の疲れ」についてなんとなく関係あることが書いてあるとしても方法については触れられてさえいない、なんてことがざらにある。記事の一番下に脳の疲れを取る方法に関する書籍のリンクが貼ってあったりして、要するにこれを売りたいのね、と最後にわかる。

そのほかにも「芸能人xxが瓜二つの家族写真を公開」みたいな記事がをクリックしても写真は出てこない。一度気になってしまったので悔しいけどわざわざその芸能人のブログに行ってみても、写真が公開されているのがどの記事なのかわからないから結局を見つけられずに終わる。写真の転写ができないのか?ならどうしてこんな記事を書くのだろう、とフラストレーションばかりたまる。

クリックの数を増やせば誰かが儲かるシステムなのか、記事・記者が氾濫しすぎていてクオリティーコントロールという意識自体がなくなってしまったのか、どちらにしろ見出しと内容の一致の大切さを今改めて痛感したりしている。

愛と愛の形について

子供が出来てから、家族愛について考える機会が増えた。

最近、愛があるかないかと、与えられる愛の形に満足するかしないかは別の話だと思い至った。

私は母とも父とも長い間仲が悪く、母との関係は子供が出来てから改善したけれど、父とは未だに絶縁状態にある。夫にもイライラが募り、関係は結構冷めていると思う。

でも心の奥の奥の深いところで実は知っている。母にも、父にも、夫にも私はとても愛されていることを。

でも、私の思い通りにならない彼らの言動に傷ついたり不満を覚えたりして表面的に関係が悪化して、私の負の感情が雪だるま式に大きくなってしまう。

仕事ばかりしていないでそばにいて欲しいのに、そうならない。酩酊状態になるまでお酒を飲むのをやめて欲しいのにそうならない。

そういう不満ばかりが浮かんできて、ああしてくれない、こうしてくれない、あんたなんかもうイイとなる。

家族も人間。彼らの望む望まないに関わらず、私の思い通りには行動できないけれど、みんな私のことを愛してくれている。そしてそれって大きいんだ、と。

これからの人生、私の子供たちは私がすること、しなかったことに何かしら不満を抱いたり、私のことを恨んだりすることがあると思う。

けれど、いつも愛されていた、という事実はとても大きな力となって子供たちの人生の土台を支えてくれるはずだ、と今思う。

シャンプーやトリートメントで髪の毛はきれいにならない

2歳の娘の髪は、艶があり、とてもきれいだ。

トリートメントやコンディショナーは生まれてから一度も使ったことがない。

シャンプーもほとんどしない。

ぬるま湯で洗うだけ。それも毎日はしない。

 

彼女を見ていて思う。若くて健康な人間の髪の毛はもともと美しいものなのだ、と。

その美しさはいいトリートメントや美容グッズによってもたらされているのではない。

傷んだ髪がある製品を使うことによってきれいになるとか、

そういうのは、ものを売ろうとしている人たちが作り出したマーケティングの幻想だ。

 

そんなことに改めて気づかせてもらった。

プライベートな会話

アメリカ人は誰かに聞かれたくない話をする時

「ちょっと二人だけで話をさせてくれない?」とか、「ちょっと席を外してくれない?」みたいなことを結構言う。または「xxさんと話がしたいから。」と言って堂々と他の人のいる部屋から出て行く。日本だったら他に人がない時にすればいいのに、と思われそうな場面だが、そういう文化なのだ。変な言い方かもしれないけど、プライベートな会話を堂々と持つ文化ということだと思う。

 

先日義母が美容整形手術を受けた。が、何やら義母が住んでいるところより私たちの住んでいる地域の方がいい病院があるそうで、手術を受ける為に家へ泊まりに来た。

義母は「簡単な手術よ。あなたは何もしなくていいのよ。」と言っていたが蓋を開ければ6時間に及ぶ大手術になった上、日本ではたぶん絶対認可されなそうな痛み止めを処方され食事中に寝だす程朦朧とした義母を看病する壮絶な数日間となった。私は当時1歳になっていない娘を連れて義母を病院まで送り迎えし、義母の食事の世話やなんやかんやを思いがけずすることになり本当に大変だった。主人は仕事で家にいない為、彼に「やってよ」と言いたくても言えない。そして、痛み止めで終始朦朧としていた彼女は私(を含めて他の人)がしたことは一切覚えてない。けれど自分の状態から誰かに世話をかけなければいけなかったことは分かっていたようだ。

 

手術から一週間ほどが経ち義母が家に帰る頃、主人が義母の泊まっている部屋に入っていくと彼女がドアを閉めるように指示した。主人曰くそこで義母は手術が思いの外大変で迷惑をかけてしまったことを謝り、感謝の言葉を述べたらしい。

 

ここで私の中の何かが崩れた。私は別に感謝されようと思って世話していたわけではないけれど、何故この会話の為にドアを閉めてなければならなかったのか?家の中には私と当時一歳にもならない娘しかいない。ということは、義母がこの会話を聞かれたくなかった相手は私しかいないということになる。

 

ああ、この人苦手だ。